“People expect me to be invincible. It’s a lot of pressure!”
―人々は俺が無敵であることを期待している。これってとても光栄なことだろ!
全世界がその縫い目から破れ始めた。テネシー州はナッシュビルにて、少なくともこの一週間はまさしくその言葉どおりだった。コロナ・ウィルスが“志願兵の州(※テネシー州の呼び名)”を直撃したのみならず、T6クラスのトルネードが街中を切り裂いた。トランプ大統領はこの音楽の都にて、本日、海軍のヘリコプターから被害状況の視察を行なっている。私たちは旋回するヘリコプターの下、薄暗いダウンタウンのスタジオへ……この街の住人であるデイヴ・ムステインと会うために向かっている。
Text by Steve Appleford Photo by Travis Shinn Interpretation by Tommy Morly Original『METAL HAMMER』334
デイヴの愛犬が私たちを出迎えてくれた。小型のロングヘア・チワワは地獄の番犬のような形相で牙を剥きながら階段を降り、主人に近付こうものなら魂を食いつくしてやると言わんばかりの敵意を我々に抱いてきた。
“ロメオ、落ち着け”とデイヴはなだめ、我々を追い詰める獣から助けてくれた。我々は摺り足でデイヴに近付き、握手の代わりに手の甲のタッチで挨拶をしようと試みた。が、“俺は大丈夫だ、そこまで気を使う必要はないさ!”と高らかに笑ったのだった。
メガデスのフロントマンは子犬をケージに入れ、最近の健康上の問題について話をするチャンスをくれた。そこにいるのはいつもの髪型、黒いジャケット、ジーンズ、黒いTシャツ、白いスニーカー……我々が知るヤンチャで尖ったままのデイヴ・ムステインの姿そのものであった。その動きはゆっくりではあるものの錆びついた印象などなく、むしろ素手で悪魔と闘い、とてつもない逸話とともに生還した男の姿そのものであった。
浜辺にて、犬を連れだった彼は、私たちに振り向き挨拶をしてくれた。新型ウィルスによる異例のパンデミックの最中、ましてや免疫システムがダウンしたばかりの男を前にして我々はどう対応するのがベストかわからなかった。拳同士をチョンと突き合わせるような挨拶にするべきか? もしくは軽く会釈をして肘同士で触れ合うか?
“俺はそんな心配はしていないさ”とデイヴは力強く我々と握手をしてくれた。“もう俺は健康そのものなんだ”。
―ことの背景:2019年3月、複数の医者の診察により、デイヴはディストピアなスピード・メタルのヴァースに出てきそうな症状であることが判明した。舌根部における扁平上皮ガンだ。
ちょっと待て、ガンだと? ムステインが? 嘘だろう? 不滅の男といえば、誰もがデイヴ・ムステインを思い浮かべることだろう。最強かつ最凶、狂犬、血気盛んな黒帯所有者、神の兵士にしてスラッシュ界のゴッド・ファーザー。
そんなデイヴにガンが襲いかかったという知らせは、メタル・コミュニティにて大きな衝撃をもたらした。診断から1 年経過した今、本誌は音楽の都にてデイヴ本人からの証言を送り届ける。デイヴ・ムステインはガンを蹴散らしたのである。
“ガンだってことがわかったとき、俺は確かに驚いたね”。笑顔で水の入ったボトルをつかみ、真っ黒な壁のプライベートなドレッシング・ルームに我々を招き入れる。ここで私たちはお決まりの質問をした。
現在の調子は?――“今の俺は疲れきった状態だけど、これは投薬や治療に関わることすべてに由来している。9 回の化学療法と51回の放射線治療によってかなり強烈にガンを叩けたんだが、それによって俺自身もコテンパンに叩きのめされてしまったよ。口のなかは今でもグチャグチャだけど、体調はかなりグッドなんだ”。
デイヴはソファーに座り込み、ガンが完治したという報告をどのようにして知ったのか教えてくれた。
“俺はここナッシュビルの担当医のオフィスに行ってさ。彼は俺の喉の奥を触診して……これはかなりキツかったが、現在の状態を把握するためにはどうしてもやらなくてはいけない重要な診察だった。俺の回復具合はかなりアメイジングだったようで、左右両方がまったく同じ、普段の状態になっていたということなんだ。俺は一度首に金属のプレートを入れているんで、それが悪影響を及ぼすんじゃないのかと思っていた。しかし医者からは「デイヴ、君は完璧な健康を取り戻したんだ。もう100% の状態だ。自由にどこに行ってもいいんだよ」と言われたよ”。
デイヴは話を止め、ビッグ・レッド・ガム(※米大手のシナモン味のガム)を口に入れ、手のなかでクシャクシャにした包み紙のアルミ箔をギラつかせた。“まだ本当なのか信じられなかったし、違和感もあったが、そうなんだろうなってこともわかっていた。俺自身かなり闘病に真摯に向き合い、医者に言われたことはすべてこなしたね。家族や友人からとても大きなサポートをもらったし、多くの人が俺のために祈ってくれていた。傲慢な言葉に聞こえないといいんだが、そうなることを俺は期待していたよ。絶対に治るんだということを俺は信じていたからさ”。
デイヴは話を2019 年初頭に戻し、どのようにして自身がガンに侵されていることを知ったのか説明してくれた。当時デイヴはジョー・サトリアーニ、ザック・ワイルドとともに[エクスペリエンス・ヘンドリックス・ツアー]に参加していたが、その際に口腔内に激痛が走ったことが何度かあったそうだ。
“まず歯医者に行って診てもらったんだ。歯医者は俺の歯肉の一部を剥ぎ取ったみたいだった。後日俺は口腔外科医に回されて診療を受けたら、「耳、鼻、喉の専門医にも診察してもらうべきだ。現時点であまり悪いことは言いたくないのだが……ひょっとしたらこれは厄介なガンのように見えなくもない」と言われてね。本当か? このファック野郎め! どうしてお前はそんなことを言ってきやがるんだ、と思ったね”。
思い出すのも忌々しいといった様子で首を大きく振り、水を一気に飲み干す。
“ヘンドリックス・ツアーが一旦終わったら、このことに取りかかろうと腹をくくったよ。ロードに出ていた際に、知り合いが現地に救急医療の耳鼻咽頭科医の知人がいるということで紹介してくれた。彼は俺のところにやってきて診察してくれたが、何も心配するようなことじゃないと言ってくれた。しかし俺には何か異常が起きているのがわかっていた。しっかりした施設で診ないと誰にもハッキリとわかるような状況じゃなかったってことだ。それで自宅があるナッシュビルで1 日オフがあったんで、地元のスペシャリストの医者に内視鏡を使って診てもらったよ。俺は内視鏡ってヤツが苦手でね。あのチューブを突っ込むために、失神したような状態にさせられるんだぜ。その結果、俺の喉の側面にはガンがあり、しかもそれはふたつのリンパ節にも転移しているということが判明した。最初彼らはヒューストンにいるアンダーソン医師のところに11 週間行くことを提案したが、俺は「クソくらえ!」と答えてさ。家族からそんなに長く離れるなんて絶対イヤだと思ったんだ。結局バンダービルト大学(※ナッシュビルの大学)のクメラック医師という、放射線によるガン治療の権威のひとりのもとで治療をすることになったんだ。彼らはかなり優れた医療チームだったよ”。
幸運なことに、音楽の都はアメリカの医療ケアの中心でもあったのだ。
バンドはツアー日程をキャンセルし、ニュー・アルバムの制作も中止してハードな治療を開始した。彼は、放射線治療と化学療法を受ける病院から少し離れたところにある、フランクリン(※ナッシュビルの街)近郊の小高い丘にある自身の所有する農場にて休養することとなった。最悪の状況はもう終わったと言う。
“これから3~5年間は定期的にMRI検査を行なって、医師によるチェックを受けなければならない。しかしクールなことに、俺の声はかつてよりもさらに良くなって戻ってきた。処置によって俺の声帯にあった、しこりか何だか知らないが歌いヅラくさせていたものが見事に縮んでいったんだ。治療前の自分の声帯の写真を見せてもらったんだが、そのときはひだの部分に泡みたいなものが映っていて、恐らくあれがトラブルの原因になっていたんだろうな。しこり、腫瘍、膨らみ……あれが一体何だったのかはわからないが、それらはもうすべて消えていて、俺がこの先何かおかしなことをしない限り、キャリアを通じて喉は良好な状態にあるっていうんだ。一度ガンという病気にかかると一生そこから離れることはできないものだけど、ライフスタイルを変えなくちゃならないほどでないなら、過度に恐れる必要もないんだよ”。
“THEY HIT THAT CANCER HARD.
IT BEAT THE HELL OUTTA ME”
―強烈にガンを叩いてくれた。同時に俺自身もコテンパンにやられてしまったが。
◎続きは【メタルハマー・ジャパンVol.2】でどうぞ。